【海外体験まとめ】海外との接点により人生に余白が生まれる!?心の余裕が生まれた体験談①

世界

私は幼少期の約10年間をアメリカで過ごし、ベトナムでは約5年間勤務してきました。さらに、世界中に出張・旅行し、現在は合計26カ国を訪問した経験があります。海外の文化、価値観、考え方に触れることで自身の世界観が広がり、より相手に共感したり、相手が求めていることを理解できたり、相手の言動・行動に対していちいち腹を立てなくなると実体験として感じます。このように、海外との触れ合いを通して私の人生に余白が生まれました。

ここでは、自身にとって特に印象に残っている国や体験談についてお話できればと思います。そして、なぜこれらの体験によって心に余裕を持てるようになり、人生に余白をもたらしてくれたのか、共有できればと思います。

時間通りは当たり前ではない

日本に住んでいると、時間通りの行動が常に求められます。例えば5分前行動。学校にせよ、部活にせよ、職場にせよ、基本的にどこでも「5分前行動」が必要と習います。学校・部活・職場では開始時間や約束の時間に遅刻しないよう早めに到着し、時間になったらすぐに始められるように行動する必要があります。

時間通りでないことは失礼にあたるため、私も社会人になってからはお客さん訪問の場合は予定時間の5分前に到着するよう常に心掛けました。そのためには、30分ほど早めに到着するよう出発し、早めに着いたら近場のカフェなどで時間をつぶして、5分前に先方の会社に到着するよう調整します。そして、お客さんとの打ち合わせ時間が1時間であれば、1時間を超えないよう意識しながら会議を進めます。もう少し身近な例に例えると、電車は必ず時間通りに到着・出発し、少しでも遅延があると鉄道会社も「申し訳ございません」とアナウンスが入ります。また、友達との約束であっても時間通りは必須であり、何度も約束に遅刻していると友達に嫌われてしまいます。

ただし、実は海外では時間通りにいかないことが多々あります。

アメリカ

約束時間通りに到着している人は稀で、基本的には約束時間の15~30分遅れるのが当たり前です。

アメリカでの生活が始まった当初、友達との集合時間でも5分前行動を意識して少し早めに到着していました。しかし友達はなかなか現れず、結局私が到着してから2~30分後にばらばらと集まることがほとんどでした。そして、誰も悪びれる様子はなく、なんなら時間通りに来ている私に対して早いね、と言ってきます。

最初はだれも時間通りに来ないことに苛立ちを感じていましたが、このような時間感覚が当たり前になると多少の遅れは気にならなくなります。背景を推測するに、アメリカは車社会のため、道路の込み具合によって多少時間が前後することもあり、必ず時間通りに来る必要はない、約束時間にある程度ゆとりが持たれていると考えられます

※補足:アメリカにおいてもお客さんとの打ち合わせや面接などの場合は時間通りを意識するべきだと思います。しかし、そのような場でも多少遅刻する人はいるため、日本ほど時間に対して厳しくないというのはビジネスの場でも当てはまると言えます。

エチオピア

一時期、エチオピア人と一緒に仕事をする機会がありました。しかし、困ったことに設定した会議の時間になっても誰も集まらないということが多々ありました。会議を10時にしようと約束し、10時に会議をつなげる(オンライン会議)といくら待っても誰も現れません。15分くらい待っても誰も来ないので、さすがに痺れを切らして直接電話してみると、エチオピア時間だと勘違いしていたと言われることがあります。

実はエチオピアでは独自の時間を利用しており、我々の朝の6時が彼らの0時になります。そのため、エチオピア時間の10時は我々で言う16時(朝の6時+10時間)になります。10-20分待っても誰も会議に現れないわけです。(実際はさらに日本との時差もあるので、さらに複雑になりますが、、)その後も、時間を伝えるときは世界基準のエチオピア時間だよ、と伝えるようにしても、こういったことは頻繁に起こります。結局、直接電話して、約束していた時間の1-2時間後にやっと会議を開くことができます。

このように日々のやり取りではストレスが多いですが、彼ら独自の時間という文化を考慮すると異なる2つの「時間」を常に意識するのは難しいのかもしれません。最後の方には私も慣れてきたので、会議の1時間前に一度電話をして、「1時間後に予定通り会議を開催するんだよね?」と確認の電話をするようになりました。

これらの経験を日常的にしていると、日本人が時間にこだわり、時間通り正確に動いていることに感動を覚えます。そして、電車が時間通り来ていることに感謝を覚え、多少遅れていてもあまり苛立たなくなります。約束に友達や取引先の相手が遅れてしまっても、何か理由があったのでは、と思えるようになり、基本的には平常心でいられるようになりました。これらの事例のように、時間通りではないことに国やその社会の背景があり、また日本が時間通りであることにも国としての背景があると考えられます。

ただ、ここで1点補足させていただくと、郷に入っては郷に従え、日本人相手に対して約束した時間に現れないのは失礼にあたります。そのため、ここで強調したいのは自身が遅刻していい、ということではなく、遅刻している人がいても寛容な心で受け止めてあげましょうということです。そうすることで心の余裕が生まれ、人生に余白が生まれる、ということです。実際に、待ち合わせ時刻ぎりぎりの時に電車が遅れてしまうとイライラしてしまいます。それなら少し早く家を出るなど工夫するべきなのですが、思うようにいかないこともまだまだあります、、

日本はサービスの質が高い

日本では当たり前の接客やサービスは実は海外では当たり前ではないことがあります。その代表的な例は店員さんの接客・態度です。例えば飲食店などでは当たり前のように店員さんに席を案内してもらい、お冷を持ってきてくれ、その上で正確な注文を取ってくれます。洋服や家電を購入するときなどは店員さんが心地良い位置にいてくれて、製品に関する質問をするとかなり詳しく教えてくれます。

ただし、海外ではこれらのサービスは当たり前ではないことがあります。

アメリカ

かなりの確率で態度の悪い店員さんにあたることがあります。飲食店などではお冷を出し忘れたり、注文したものが忘れられていたり、注文の最中にこちらがもたもたしていると「早くしてくれる?」というあからさまな態度を取られ、人によっては直接そのように言う人までいます。

実際にあった体験談ですが、注文した一つの料理が1時間経っても出てこないのでどうなっているか店員さんに確認すると、「そんな注文は受けていない」と平然に言われ、悪びれる様子もなく「今その料理を注文するなら30-40分後になるけど、どうする?」と聞かれました。

日本であれば店員さんが「申し訳ございません」と言いながら、なんとか早く対応してくれようとすると思います。このような対応にも関わらず、アメリカはチップ文化であり、チップとして料金の15-20%の支払いが求められます。せめてチップにふさわしい働きをしてほしいと思いますが、なぜか日本より質の劣るサービスを受けているにも関わらずチップという高いサービス料を支払う必要があります。チップ文化が当たり前になり、最低限のサービスでチップがもらえると思うとそれ以上に頑張りサービスを提供する必要がないと思っている人が多い印象を受けます。ある意味アメリカ人らしく合理的なのですが、責任感や楽しい時間を過ごしてほしいというサービス精神がどうも見受けられないのが顧客として残念に思います。。

(体験談②へ続く)

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